FC2ブログ

夜空の向こうに手を.......

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【写真日記】実母との話し合い

2006/12/15


今日は、姉と待ち合わせて、実母のところに行って話をして来ました。
名目は話し合いなのだけど、その実は、私や姉の母へ今の気持ちを伝えるためでした。

しばらく私も仕事のこととかで病院の付き添いはなんとかするけど、1日行くと言うのは当分できないと自分の意志を伝えて来ました。
母はてっきり自分とちゃんと話し合いをしたら、自分の希望を通してもらえると自分勝手に思い込んでいたらしく、私たちの意思を聞いたとたん、土下座もどきまでして泣いて自分の思い通りを通してもらおうとしていました。
(後から、姉に聞くと「涙なんて出てなかった。我を通すための演技で過ぎないよ」と言う。)

今回は、私も自分自身の生活の方が大変で、気力もない状態では相手、世話をすることは出来ないので、ワガママとわかってますが、通させてもらうとはっきりと言って来ました。
私自身、この間(先週の木曜日)と今日と母にきつく出て話をしたのは、思い返してみても生まれて初めての経験。
どうしても今までそれが出来なくて、ズルズルと来ていました。
姉にすれば、どうしてそこまで自分を押し殺して行く必要があるのと言うことなのですが、どういう訳かきつく当たるなんてこと出来なかったの。(母が元気な頃からも)
今回は私自身も先が見えない不安、自分自身の生活の基盤がもろく崩れてしまっていて、他に関わっている場合ではなくなっている状態、諸々のことが重なって自分ではわからないうちに限界に達していたと言うことみたいです。

母は、生活の方はヘルパーさんが来るのでどうにかなるけど、とにかく自分がさみしいから来て欲しいと言うことと、姉は「ヘルパーさんは思い通りにならないことが多いので、一番自分に撮って都合よく動いてくれる娘たちに来てもらっていたら、自分はゆっくりできるし、何をおいても寂しくない」と言うことだろうと言う。
姉の言うことに対しても、思い当たる節が多々ある。
母がヘルパーさんのことを家政婦さんのように考えているみたいだと言うことも、言葉の端々に感じられて来たし。

姉はその辺りもよく見ていた。
「”だって包丁を持つのも手が震えて怖いから”と言ってるけど、顔そりを一人で平気にやってるし、味付け忘れたとか言ってるけど、おそらく覚えてる。」
確かにそう、包丁持つのが怖いのなら顔そりなんて出来るはずはない。
この間の医者にも「キッチンが狭いから」と言って料理をしないと話していたけど、旦那の実家のキッチンよりも広い。
その狭いキッチンでお義母さんはお義姉さんと2人でお料理しているのに、それよりも広いキッチンで2人でするのは狭いと言うのはどう言うことと考えたら、やはり楽をしたいからとしか考えられない。

ああ・・・

母の悪口なんて書きたくないのに、どうして書かなきゃいけないんだろう。
母のことが嫌いになった訳ではない。
本当に嫌いになれたらどんなにか楽だろうと思うこともあるけど、真に嫌いになりきれない。
そんなところが私のいいところであり、悪いところなのだろう。

姉は私が支離滅裂になりつつも、母に話しているのを一切口を挟まなかった。
母は口を挟んで、遮ろうと何度かしていたけど・・・

抗うつ剤についても、母は自分の勝手な判断(薬の量を増やしたら、次に減らせなくなるかも知れないと思ってる)で医者の指示は3錠だったのを元の2錠に戻していたのを、日曜日に気がついて散々話をして医者の指示通りに飲まないといけないと言うことを納得させた。
導眠剤の方は、自分で調節しても良いと言う指示だけど、抗うつ剤の方は話は別。
増やしたのは金曜日で、指示通りに飲んだのは金曜日の夜だけだったことになる。
私から叱られてからは元に戻したらしいが、その勝手な判断をダメだと叱っても、「今はちゃんと飲んでるから」とその勝手な判断のことはおいといて、今のことしか言わない。
その判断もヘルパーさんのせいにしていたことも、私たちの腹を立てた一因でもあると言うのに、わかってくれないことも腹が立ったし、悲しかった。
姉もそのことが一番悲しいと言っていた。

そして、姉が「ママ(私たちはいまだに母のことをこう呼ぶ)は、『アンタ(たち)だけが頼りやねん。』と言うけど、それは褒め言葉として今は取れない。寄りかかるために言っているとしか取れない。私たちにも自分の家庭があるのだから、そこまでどっぷりと寄りかかられると自分たちの家庭が崩壊してしまう。」と話をしている最中にも、母は「言い方が悪かったんやったら、変えるから・・・」と言っている。
いくら言い方ではなくて、今の寄りかかってしまおうとしている態度が問題であると言いたいのに、そのことを母は一向に理解できない。
今の私たちには、その寄りかかられると言うのが負担でしかない。

鬱病の時に、今回のようにきつく言うのは厳禁なのは、よくわかっている。
先が見えない負担と、自分たちの生活をかなり犠牲にしてまで母のところに来ていたのに、それを当たり前としか受け取らず、かと言って治るために必要な薬も指示を守らず勝手に減らす、そう言う自分勝手な意見、行動しかしない母にどうにもがまんがならなかったのだ。
はっきり言うと、私自身も母が発症するよりも2~3年前から”鬱病”のことは知っていて、いろんな本を読んだり(ただし立ち読み)ネットで調べたりして来た。
それと言うのも自分自身もそうなるのではないかと疑いもかけてだ。
UTU-NET うつ・不安啓発委員会公式ホームページによく行くが、ここのセルフチェックをするとかなりの確率で”危険があります。専門医に”と結果が出て来ていた。
最近すると出たり出なかったりなので、”違うのかな?”なところもある。
もし、診察を受けて自分もそうだったとしたら、”鬱病”患者が”鬱病”患者の世話をすると言う変な状態になる訳だ、そんな変な状態になりたくもない私。

一時は本当にやりたいこと、夢中になれることがなかった私だけど、今はKissデジがあるので、まだマシなのかも知れない、鬱病ではないのかも知れない。
母には、そう言う物を作って欲しくて、私も姉もやって来た。
でも、結局見つけようともしなかった。

話し合いと言うより、結局自分たちのワガママを通させてもらうために、意見を言いに来ただけになってしまった。
実家を出て、姉は難波方向に帰るので、私もココまで出て来たのなら難波のイルミネーションを撮って帰ろうとKissデジを持って来ていたので、難波に一緒に出て、カフェでお茶することに。

そこで、姉は「よくはっきり言えたね。私はそれが良かったと思うよ。」と言ってくれた。
私が生まれて初めて母にきつく言ったことを話をしたら(姉にとったら知っていたことだろうけど)、「どうして、きつく言えないの?」と聞かれた。
今まで、”どうして?”なんて考えたこともなかったので、頭の中はぐるぐる混乱。
「かわいそうだから?」・・・それもある
「母親だから?」・・・これもある・・・
どうにもうまく説明できなくて、徐々に涙が出て来てしまった。
「気持ちはわからない訳でもないけど、自分が出来ることはココまでと言う線をちゃんと引いておかないとどんどんママの自分のペースでされて、自分が辛いだけだよ。時にはああやってきつく当たって大丈夫。ママは結構したたか、自殺する勇気もないし、する気もさらさらないから大丈夫」と慰めのためか自分で納得するためか話をしてくれた。
とにかくはっきり自分の意見を言って来たことだけは、よくやったと言ってくれた。

これだけ姉とゆっくり話をしたのは、何年ぶりだろうか・・・
と言うか今までにしたことがあっただろうか・・・
姉と話をしながらも、ついて行けない考えも多々あるけれど、とにかく話をしたと言う覚えがあまりない。

ゆっくり話をしたのち、姉は家に帰っていき、私はKissデジを持って、難波界隈でのイルミネーションを撮影しに行った。
その内の1枚が今日の写真。
Kissデジをいじっている間は、本当に何も考えていないで済むので、大好きな時間です。

このところずっと紅葉とイルミネーションの写真ばかりを更新してます。
Kissとともに・・・

« Merry Christmas!|Top|(┬┬_┬┬) »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

Top

HOME

星野 空

Author:星野 空
社会人の長男と高校生の次男の2人の男の子の母親の日常を写真日記、時折絵日記にしました。

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2ブログランキング

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。